彼が初めて私の両親に会い挨拶をした日の夜
私は両親が慌てて予約した温泉宿に両親と一緒に泊まった。
私は彼との結婚が無事決まったことと
彼と彼の両親と私の両親が挨拶を終えられたことに安心し
なんだか喉のつかえがとれたようにスッキリしていた。
妊娠発覚から両親への報告、そしてそれぞれの挨拶と
次から次へと気が重くなるようなことが続いていたので
一通りの仕事が片付いて肩の荷が下りたような気分だったのだろう。
母と一緒に大浴場へ行き、洋服を脱いだら
私の体を見た母が
「体はちゃんと母親になってきているんだねぇ」と
感心したように言った。
鏡で見てみると、腰の周りに脂肪がついていた。
当時、私は筋トレなどで結構いい感じに引き締まっていたので
まるで
浮き輪をしているようだった。
当たり前だけどお腹はまだ少しも出ていないのに
子宮を守るように体が勝手に変化していた。
お風呂から出ると、もう遅めの時間だったので布団に入った。
私はまだ少し興奮しているのか、目を瞑ってもなかなか寝付けなかった。
それでも両親の「まったく、あいつは呑気だな」という声を聞きながら
いろいろなことを思い返し、長かった一日を反芻していると意識がまどろむ。
いつの間にか寝ていたようで、ふと気が付くと
母の泣く声が聞こえた。
「幸せになって欲しかったのに」と言っていた。
まるで私が不幸になるみたいな言い方だな、なんて冷静に思ったが
一方で母が泣いている事に私は酷く驚いていた。
私の結婚が決まって泣くのは父だと思っていたから。
私は、父が私のことを大切に思っていることは嫌というほど知っていたが
母はそれほどじゃないと思っていた。
でも、違った。
母は私を産んだ日が自分の人生で一番幸せな日だと言っていたし
自分の命より大切なものが出来た日だとも言っていた。
なんで母が大切に想ってくれている事に気が付かなかったんだろう。
後で知ったことだけど、私の両親も婚約中だったとは言え
結婚より前に私ができて苦労をしたらしい。
母は自分のその体験と私のその後をオーバーラップさせたのかも知れない。
私は起きたのに気付かれないよう、必死でタヌキ寝入りをしていた。
いつも私に何かあると真っ先に泣く父が
その時ばかりは母を一生懸命に慰めているのが背中越しに伝わってきた。
この時に父が母に言った一言を私はきっと一生忘れないと思う。
「神様は乗り越えられない試練は与えない。
きっと、あの子は乗り越えられるから大丈夫」
私は無宗教な人間だし、父も母も特に信じている神様もいないと思うけれど
この言葉は私にとっておかしいくらいに説得力を持って響いた。
頑張ろう。何があっても、頑張らなくちゃ。
布団の中で、そう決心した。