できちゃった学生結婚のその後

できちゃった結婚ってどうなの?学生結婚ってどうなの?そんな人には参考になるかも知れない、大学院生主婦のブログ
結婚する前にしておく3つのこと
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夫のストレス
娘が生まれて1ヶ月たち、3人での生活が始まったが
慣れない日々に夫はストレスをためていったようだ。



原因のひとつは、研究室が変わったこと。

学部の4年生の時に所属していた研究室は
夫が希望して入ったラボで、人間関係も良好だったし
研究内容も夫がやりたい内容を自由にやらせてくれていた。

でも結婚し、引っ越したために修士課程では所属こそ4年生の時と同じラボだが
実際に研究をするのは私の父が頼み込んで入れてもらったラボだった。

夫は自分がやりたかった研究も断念せざるをえず
さらに研究の指導をしてくれる先生と考え方が合わず
この頃はイライラすることや凹むことが多かった。



原因のふたつ目は、やはり娘と私のことだろう。

私たちが里帰りしている間は、まだ楽だったに違いない。

限られた時間だけを一緒に過ごし帰ればひとり。
遊びに出ても文句を言う人間もいなかったし
好きな時間に寝て、起きて、自由に行動できた。
掃除や洗濯も、妻が時々きてはやっておいてくれた。

けれど、妻と娘が帰ってくれば
仕方のないことだけれど気を遣わなくてはいけない部分が出てくる。

夜中に遊びに出歩くのも我慢しなくてはならないし
慣れない育児に疲れた妻のフォローもしなくてはならない。


気持ちが「父親」になれていなかった夫には苦痛だったかもしれない。




そして三つ目のストレスは、私の両親だったはずだ。

自分の家に帰ると義両親がいる。
帰った後でも、何かしら義両親の痕跡がある。

初めて顔を合わせてから半年ちょっと
まだ距離感のつかめない義両親がなにかと口を出してくるのだから
夫にしたら心休まることがなかっただろう。



ある日、いつものように夫が娘のお風呂に間に合わず私は母に応援を頼んだ。

父が最寄の駅から歩いて帰る途中に私たちのアパートへ寄り
娘を寝かしつけた後、部屋の明かりが娘に当たると言って
「灯火管制だ」と電灯にバスタオルを下げて
夫と入れ替わりで母と帰っていった。

帰ってきた夫はそれを見てひどく不機嫌になり
両親が帰るなりバスタオルをはがして怒った。
「俺たちの家をお父さん達にいじらせるな!」と。


両親は赤ちゃんのためにしていったのだし
お風呂の手伝いや寝かしつけまでしていってくれたのだからと
私はありがたいな〜くらいにしか思っていなかった。

夫にしてみたら、疲れて帰ってきてみれば
ウザい義両親が毎晩のようにいてただでもイライラしているのに
夕ご飯まで薄暗い中で食べないといけないなんて!と思ったに違いない。



その後、夫の不機嫌を感じ取った実母と私で話し合い
赤ちゃんの世話も慣れてきた頃だろうから、と
お風呂の手伝いも父の帰りがけの訪問もやめることになった。

実家とは、休日に顔を出すくらいの距離感を保つことにしたのだった。
| みぃ | でき婚後の夫婦 | 11:02 | comments(0) | trackbacks(0) |
3人での生活開始
出産から1ヶ月、私と娘は実家からアパートに帰ってきた。

夏だったので部屋を締め切り、一日中クーラーをかけていた。
娘に汗をかかせて、アセモでもできたら大変!と思い込んでいた。


娘の授乳は相変わらず昼も夜もなくしなくてはならなかったけれど
少しずつ間隔が空いてきたこともあり
朝の家事と夕ご飯の時間以外は特にするべきこともなく
ひたすら娘の写真を撮って過ごしていた。

テレビは赤ちゃんの発達を妨げると言われたのでほとんど見なかったし
出産以来、小さい字を読むと疲れやすく続かない状態だったので本も読まず
当時は家にパソコンを買っていなかったのでネットもできなかったのだ。

今から考えると、なんてもったいない時間の遣い方をしていたんだろうと思う。



夫は朝9時前に家を出て
夜のお風呂に間に合うように帰ってくるという生活をしていたが
実験のためお風呂の時間に間に合わない日も多く
そんな時は実家の母にお願いして手伝ってもらっていた。

また、父は仕事帰りに毎日アパートへ寄り娘の顔を見ていった。



そんな生活は私にとっては幸せだったが
夫にとってはストレスを感じることが多かったらしい。

慣れない研究室
まだ距離感のつかめない義両親のほぼ毎日の訪問
学生だけれど遊ぶ時間もない日々
夜中も数時間おきに娘が泣き、妻はゴソゴソ起きてミルクを作る



たまりにたまったストレスを
ある日、夫は爆発させた。
| みぃ | でき婚後の夫婦 | 10:03 | comments(0) | trackbacks(0) |
里帰り
実家から歩いて1分という近距離に住んでいたが
出産後は1ヶ月間、里帰りをしていた。

とにかく初めてのことだらけで戸惑うばかりだったし
体力的にも大変だったので
家事のこと、育児のことなど母や祖母に御世話になれてよかった。



夫は毎晩、研究室から私の実家に来て夕ご飯を食べ
ムスメをお風呂に入れて帰っていった。

夫は出産には感動していたが
生まれてすぐの頃はムスメに対して
「可愛い」という気持ちは強くなかったようだ。

まだ学生気分が抜けず(学生だけど)
生まれたての娘の横で
研究室の友人と夜遊ぶ相談をしたりしていて
どうやら結婚する前と変わらない生活を送っていたらしい。



この頃のことは初めての育児の忙しさと
3時間おきの授乳のための眠気のせいで、私はあまり覚えていない。

ただ、娘に一方的に話しかけたり歌ってやったりするのが
なんだかとても気恥ずかしかったのは覚えている。



1ヶ月が経ち、健診で母子ともに健康と言われてから
私は娘を連れてアパートに帰ったのだった。
| みぃ | でき婚後の夫婦 | 12:20 | comments(0) | trackbacks(0) |
お金のハナシ
知りたい人もいるかもしれないので
お金に関するぶっちゃけ話を簡単にまとめておく。



修士課程の間、私たち夫婦には収入がなかった。

…かといって、大学院生は学部生と違ってバイトする時間もなくて
収入源は両家の両親からの仕送りに頼っていた。

合わせて月に20万の仕送りから
家賃5万、貯金5万、残りの10万で光熱費・生活費を出した。

年金は学生なので免除の申請をした。
健康保険は国保で、收入がないので支払いは少なくて済んだ。

保育料も收入がないため格安(月に2000円くらい)で
月にン万円払っている家庭もあると思うと申し訳ない。
ちなみに、保育園の給食費・教材費は別に支払っている。



授業料は、親が「もともと払うつもりだったから」と払ってくれた。
授業料免除の申請もしたかったのだが、親の収入がそれなりにあったため
大学の事務は「どうせ無理ですから」と申請すらさせてくれなかった。




博士課程2年からは、夫が学振をもらえるようになったので
親からの仕送りは止めてもらい、やりくりしている。

所々(帰省など)親から援助してもらっているおかげで
そこそこの貯金ができている。



思いつくところだけ、メモしました。
他にお金関係の話で聞きたいことがあったら
メールまたはコメントでお願いします。
| みぃ | でき婚後の夫婦 | 11:35 | comments(0) | trackbacks(0) |
立会い出産
出産直後、私の腹の上で初乳を飲んだ赤ちゃんは
次に枕元で待機していた夫に抱っこされた。

生まれたての赤ちゃんを母親に抱っこさせるのを
カンガルーケアと呼び、最近注目されているらしいが
この場合、立会い出産でのパパカンガルー、という訳だ。

夫は嬉しそうに赤ちゃんを抱っこして
ちゃっかりポラロイドで写真を撮ってもらっていた。

夫がカメラを忘れたから
私は撮ってもらえなかったのに…



立会い出産には乗り気じゃなかったのだけど
実際に体験してみて、立会い出産は結構オススメだ。


陣痛室では夫が水やお茶を口に運んでくれたり
痛みを和らげるために尽力してくれたりしたのが嬉しかった。
(平たく言うと便利だった)

マメなタイプの旦那さんだったら
陣痛室には立ち会ってもらうと良いと思う。
逆に何もしないタイプだったら
イライラしてしまうと思うので立ち会わない方が良いかも。


夫は自分が一緒に陣痛を乗り切って生まれたというのもあってか
娘がかわいくて仕方ないようだし、
感動したので他の人にも全力で立会いを勧めるようになった。




次の出産は未定だけど
立会い出産にしたいと考えている。
| みぃ | でき婚後の夫婦 | 11:49 | comments(0) | trackbacks(0) |
出産!
分娩室までは、陣痛に耐えながら歩いていった。

それまでは陣痛室までしか通してもらえなかった夫も
ついに分娩室への入室が許されて私の頭のあたりに陣取っていた。

私はと言えば、分娩室へ向かう短い廊下で3回ほど
分娩台へ上る時に1回陣痛が来てしまい、もういっぱいいっぱい。
頼れるのは慣れた看護師さんだけで夫は眼中になかった。



いきんでいいよー、陣痛の波に合わせて
ウ○チする時みたいに力を入れてねー

私の股間の向こうで爽やかに待ち受ける医師と看護師に言われて
いきんでみたら、本当に実が出そうな感覚があって躊躇した。

ホントにウ○チ出そう〜どうしたらいいの〜

と叫んだら、

出してもいいよー
出ちゃう人、結構いるから大丈夫!

と、笑顔の看護師さん。
プロの凄さを頼もしく感じた。



フンー!!!
思い切りいきんだら、ヌモッと股間からデカいものが出て来た。

何とも言い難い、初めての感覚にギャーと驚いて力が抜けた。
どうやら、赤ちゃんの頭が半分出たらしい。

次のいきみで肩まで出て
3回目のいきみでスポーンと体が出た。



ホゲホゲと泣いている赤ちゃんはすぐに洗われ、
私の腹の上にうつぶせに乗せられた。

意外に重い。

それが最初の感想だった。

目の前の赤ちゃんが、ついさっきまで私の腹の中で
ゲシゲシと蹴って暴れていたというのが実感できなくて
「かわいい」とか「無事に生まれて嬉しい」とかより

「あー、終わった〜!スッキリ爽快♪」

という気持ちの方が強かった。

だから、腹の上でモゾモゾとおっぱいを捜している赤ちゃんに対して
何と言葉をかけて良いのかわからなかった。




夫は私の枕元で感動して涙ぐんでいた…らしい。





◆出産ってのは非常事態なので、逸話ができやすいらしい。
そんな楽しい逸話のサイトはこちら→ 女神たちの伝説(仮)
| みぃ | でき婚後の夫婦 | 11:18 | comments(0) | trackbacks(0) |
いきみたい!ってどんな気持ち?
母親学級でもらった出産の進行の表に
「いきみたくなってくる」という記述があった。

「いきみたい」ってどういう気持ちなのか、想像もつかない。
いきんだことがないのに「いきみたい」なんて思うもんだろうか。



陣痛促進剤を使うと、さっきまでの微弱陣痛が嘘のように
陣痛の間隔はガンガン縮まった。

そして痛みはドンドン強くなっていく。
それまでスーハーして乗り越えてきたけれど
それじゃ追いつかなくて「ギャー」と叫びたくなってくる。

…というか、叫んだ。
夫に「しっかりしろ!」と怒鳴られた。

今から考えると夫は痛くもなんともないんだから
もっと優しく言ってくれたって良さそうなもんだし、
私だって「オマエは痛くないだろー!」とつっこんでもいい場面だ。



そんな状態がしばらく続くと
「いきみたくなってきた」

何というか、出そうなウ○コを無理矢理ガマンしてる感じ。
(汚くて済みません…)
もう、もう、我慢できない、出させて〜!!って感じ。



夫は少しでも陣痛が和らぐようにと
看護師さんに教えてもらったように私の股間を押さえていて
私は「まだ〜?まだ〜?」と泣きそうになっていた
…想像すると笑えるけど、必死だったんだよ…

ナースコールを押しまくって「まだですか?」と聞いたり
時々、診察に呼ばれて「うーん、もうちょっとかな」と言われたり
そんなことを繰り返しているうちに、すっかり暗くなってしまった。



陣痛室の外には仕事を早く切り上げて来た父と
当時はまだ高校生だった弟が来ていて
母と一緒に「今か、今か」と赤ちゃんの誕生を待っていた。



「ちょっとだけ、いきんでOK」と看護師さんに言われた時は
ホントに嬉しかったっけ。

で、看護師さんの見ていないところで
夫に股間を押さえてもらいながら
ちょっとどころか、かなりの勢いでいきんでいた。

おかげで赤ちゃんがぐぐーっと降りてきて
午後7時半頃、やっと分娩室に行けることになった。
| みぃ | でき婚後の夫婦 | 17:05 | comments(68) | trackbacks(0) |
微弱陣痛
前駆陣痛と微弱陣痛ほど酷いものは、この世にはないんじゃないかと思う。
期待させるだけさせといてー!みたいな。



7月4日の朝になっても、私の陣痛は3分間隔のままだった。

小学校の教員をしている私の母は、朝から年休をとって
陣痛室のすぐ脇にあるイスに座って朗報を待っていた。
陣痛室と分娩室は講習を受けた夫しか出入りできないキマリだったのだ。



朝ご飯が運ばれてきても、昼ご飯が運ばれてきても
とても食欲などなく、ひたすら水やお茶を飲んで過ごした。

昼には私も、私につきあって3分ごとにスーハーしてた夫も
ぐったりと疲れてしまって寝たり起きたりで朦朧としていた。




昼過ぎ、診察した医師が言った。
「微弱陣痛になっちゃったね。陣痛促進剤使おうか」

疲れと眠気が極限に達している状態だったのと
早く生まないと赤ちゃんが弱ったら大変という言葉を聞いたのとで
「もう、何でもいいから早く生ませて」状態だった。



すぐに点滴の準備がされ、私の左腕から陣痛促進剤が入れられた。



やがて、陣痛はどんどん強くなり
間隔も3分から2分、1分と短くなっていった。

私は「これで、ようやく生める〜」と喜んだ。



けれど、ここからがまた長かったのだ。
| みぃ | でき婚後の夫婦 | 16:32 | comments(0) | trackbacks(0) |
陣痛室
9時過ぎに始まった陣痛はきっちり3分間隔で止むことなく続いていた。
時々、医師の診察があって子宮口の開きを確認する。

夜中、適当に子宮口が開いたことを確認すると、
医師は「破水させちゃおうか」と言って何かした。
プチンと何か音がしたかと思うと、ザバーッと羊水があふれ出た。

それからは、また陣痛室で陣痛に耐えた。
羊水が少なくなって、赤ちゃんは苦しくないのだろうかと考えた。
胎児はまだボコボコと元気にお腹を蹴っていた。




陣痛室には、私ひとり。
入院の時に陣痛室で悲痛な叫びを上げていた先客は
どうやら仕事を終えて眠ったらしい。

陣痛室には洗面台とトイレが備え付けてあり
ベッドは2つ、カーテンで仕切られて並んでいた。



午前2時半、そろそろ出産も次の段階に進むんじゃないかと思えて
立会い希望の夫を呼ぼうかと迷った。

看護師さんに相談してみると
「いいんじゃない。呼びたいと思った時に呼べばいいよー」とのこと。
なんだか拍子抜けだ。



陣痛の合間にナースセンターの横に備え付けられた公衆電話に行き
小銭を入れて夫の携帯の番号を押した。
呼び出し音が鳴っている間にも陣痛がやってくる。
こんな時に携帯電話が使えないのはとてつもなく不便だ、と感じた。



呼び出し音が10回ほど鳴ったのに、夫は応えなかった。

携帯に電話すれば起きられるって言ったのに!と
怒りながら家の固定電話にかけなおすと
寝ボケて慌てた声の夫が出た。

状況を伝えると、すぐに来るという。
ついでに家に忘れたものを持ってくるよう頼んだ。





夫はすぐに来た。
頼んだものも、記録用のカメラも全て忘れて
身一つで必死の形相で陣痛室に飛び込んできた。



そこからは、陣痛室に2人。

陣痛が来るたびに夫と2人でスーハースーハーと深く呼吸をした。
最初は「ヒッヒッフー」とやっていたけれど
看護師さんに「それはもう古いよ」と言われたのだ。

夫は水を飲ませてくれたり
陣痛の時は手を握っていてくれたり
立会い講習で習ったように腰をさすったりしてくれた。

痛みの強さは相変わらずだったけれど
夫が一緒にいてくれると心強かった。



病院へ来る時、夫は私の母に連絡を入れてくれた。
夜中に陣痛なら朝には生まれるだろうと思ったそうだ。
もちろん、私だってそのつもりだった。

だけど、そんなに予定通りに進むわけじゃなかったんだ。。。
| みぃ | でき婚後の夫婦 | 16:25 | comments(1) | trackbacks(0) |
入院
7月3日、私と夫は入院の準備をして病院へ行った。

昼過ぎに入院ということだったのに
夕方になってもほったらかしにされて
私たちは所在無く新生児室の前をうろついていた。


新生児室には生まれたばかりの赤ちゃんが寝かされていて
ひとりの男性がガラス越しに生まれたばかりの子供を眺めていた。

話を聞いてみると、男性の奥さんは
3日前に前駆陣痛で病院に駆けつけたけれど家に帰され
陣痛で入院した後は微弱陣痛になってしまってなかなか生まれず
3日間も痛みに耐えて、やっと出産したと言うのだ。

これから生もうという私にとっては
なんとも恐ろしい話だった。



外が暗くなった頃、ようやく診察室に呼ばれ、入院となった。

子宮口はまったく開いていないそうだ。



私は入院したらすぐに陣痛促進剤を点滴で入れて
そのまま出産となるだろうと考えていたけれど
まずは「バルーン」を入れて一晩過ごして下さい、と言われた。

「バルーン」を子宮口から入れ、
中に水を入れて膨らますことで子宮口を物理的に開いてやることと
刺激を与えて自然な陣痛を促すことが目的らしい。

説明を聞いた時は「ふーん」としか思わなかったけれど
実際に入れる段階になったら「ぎゃー!!」と叫ぶほど痛かった。

胎児は快適な子宮の中に変なものを突っ込まれたので
怒って足をつっぱり、バルーンに頭突きを食らわしていた。

バルーンが思うように入らず医師がやたらと汗をかいて「ごめんねー」を連発。
終わった後にグッタリする私に向かって付き添っていた看護師さんが
「長かったね〜。痛かったでしょ」と微笑みかけた。



夫は、出産は明日になると聞いて
「じゃ、明日来るから。何かあったら携帯に電話して」
と言い残して帰って行った。

私は陣痛室のベッドに横になり、目を瞑った。
明日はお腹の子供に会えるのかと思うとワクワクしたし
明日はいよいよ陣痛と出産を初体験するのかと思うと
恐ろしくてドキドキした。



夜9時過ぎになり、なんだか変だ、と思った。

お腹がやけに張る。
しかも規則的に。


「陣痛だ」
私は枕元に置いた時計をにらみ感覚を計った。

5分、4分、3分と感覚が短くなってくる。
どうやらバルーンが功を奏し陣痛が来たようだ。

母親学級でもらった出産の進行の載っている冊子を引っ張り出した。
そこには、初産の場合は陣痛が3分間隔になってから
5〜10時間後に次のステップへ進める、と書いてあった。

5時間もこんなのに耐えなきゃならないのかと思うと
気が遠くなって目の前が真っ暗になった。
| みぃ | でき婚後の夫婦 | 13:31 | comments(0) | trackbacks(0) |
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